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【独占インタビュー】丸亀ハーフ・手話実況で話題!ろう実況者、早瀬憲太郎氏が描く「新しい価値」

2月2日、第77回香川丸亀国際ハーフマラソン、第28回日本学生ハーフマラソン選手権大会が開催され、3名が中大記録を更新する盛り上がりを見せた。中大アスリートの活躍と同時に、本紙記者は中継で身振り手振りを使いながら、表情豊かにレース情報を伝える手話実況者に注目した。手話実況を行っていたのは、ろう者の早瀬憲太郎氏。岡山放送(OHK)の篠田吉央アナウンサー(平17卒)協力のもと早瀬氏に手話実況の秘話、中大アスリートの活躍、早瀬氏の考える「新しい価値」について伺うことができた。〈企画・構成 松岡明希〉


↑丸亀ハーフマラソンの記事はこちら!

積極的にチャレンジした幼少期

▲取材に応じた早瀬憲太郎さん

早瀬さんは生まれた時から耳が聞こえなかった。だからといって幼少期から「チャレンジしたい!」という思いを諦めたことはなかった。「聞こえていたという経験はもちろんないので自分が聞こえないことが当たり前だと思っていたんですね。やりたい放題というか、本当に自由に自分がやりたいことをどんどん積極的にチャレンジしてやっていました」と語る早瀬さん。生まれは奈良県。近くにある山によく登る少年だったという。両親は今まで「耳が聞こえないからこれをやってはいけない、危険だ」という風に早瀬さんを止めたことはなかった。ただし、やるからには責任持ってやるように教えられていた。

相手の顔が見える柔道

いろいろなスポーツに挑戦をしてきた早瀬さん。その中で一番自身に合っていたと感じたスポーツに柔道を挙げた。中高6年間、夢中になって取り組んだ。「相手の顔が見えるんですよね。他の競技だと遠かったり何か被ってたりして相手の表情がよく見えない状況もあったりしますよね。一番近い相手、表情が見える競技というのが柔道なんですよね。襟元を掴んだ時に目を合わせて試合をするというのがすごく自分の中で面白さを感じたんですよ。相手の表情の裏、そして本心。今どういう風に思っているのかというのを考えながらやる競技っていうのが楽しかったんです」と魅力を語った。

聴覚障がい者が抱えるスポーツの難しさ

一方、できるスポーツが限られている現状についても教えてくれた。「水泳のスイミングスクールに行きたくても、ろう者だからダメだっていう風に断られることあるんですね。サッカーチームの中に入ろうと思っても聴覚障がい者であるからダメ。空手であってもそうですね。まずやる前に聴覚障がい者だからという理由で断られてしまうことがおそらく私だけじゃなく、聞こえない人たちみんな多いんですね。やりたくてもやれない、断られてしまうというところから始まるんです」と訴えた。

▲表情豊かに様々なことを教えてくださいました

また、スポーツを見ることにも難しい面があるという。試合自体を見ることは可能であっても、なぜそのプレーが起きたのかということまではわからないのが聴覚障がい者の悩み。そこで登場したのが字幕。「大人になって初めて字幕付きの実況解説を見た時に、すごくたくさん知れることも多かったんです」と興奮気味に話をした早瀬さん。

バリアフリー・字幕の課題

しかし、同時に課題点もあった。1点目は同時性。当時の字幕は要約的に様子が報じられていた。現在では技術発展で、ほぼ音声通りのものが字幕で出されているが、生放送では数秒遅れで表示されているのが現状。「選手の顔がアップになっている時にその実況を聞いて選手名であったりそのプレイについての詳細を知ること、そこが深みというか、楽しさにつながると思うんですけれども。やはり字幕の場合だと数秒あるいは十数秒遅れて表示されるんですよね。なので字幕を読んだ時にはもうすでにプレイは終わっていて次のプレイがもう始まっているんです。今言っていることと、今映し出されているプレイの映像とが合わなくて逆に混乱してしまうんですよね」と悩みがある。2点目は字幕がプレーと重なって見えにくくなってしまう点。そもそものプレー映像に、後付けで字幕を付けるような形になっているためこのような事象が起きてしまう。

「字幕においてもないよりあった方がもちろんマシなんですが。バリアフリーとして本当の解決策になっているのかどうか」と感じていた早瀬さん。「初めから誰にとってのバリアもない、初めからバリアを作らないという方法がユニバーサルデザイン」である。例えばスポーツ観戦の場合、画面の中にスポーツその競技が映し出されていて手話通訳をつける。手話通訳を入れた時に競技映像とも被らないような位置で最初から競技を撮影する画角自体を通訳を入れることを前提に取る。例えば少し引き目で撮ってスペースを開けておく。そこに通訳を入れて競技と被らないようにすることが、ユニバーサルデザインに相当する。字幕を付ける時も同様の方法で最初から字幕をつける前提で撮影することで重なる問題をクリアできる。ただどうしても手話通訳も字幕もどちらもタイムラグが起きる。

ユニバーサルデザインのもっと先

丸亀ハーフマラソンは、岡山放送で実況生中継されていた。岡山放送は約30年間継続して放送活動「手話が語る福祉」を行うなど、情報のバリアフリー推進活動に取り組んでいる。中大OBの篠田アナは情報アクセシビリティ推進部部長を務められている。早瀬さんと篠田アナは「ユニバーサルデザインのもっと先」を考えた。それはろう者である早瀬さん自身が手話実況を行うということである。「聞こえる音声実況者、解説者が言っていることから出発するのではなく、初めから聞こえない人。私がその競技を自分で実況をすれば新しい価値を生み出せるんじゃないかという風に考えた」というものが早瀬さんによる手話実況誕生の経緯である。今までは、既存の情報をどのように耳の聞こえない方に伝えるかということを考えていたが、そもそもの出発点から見直したのである。それは字幕が重なる問題やタイムラグの解決だけでは終わらなかった。

▲手話通訳の方に通訳してもらい、早瀬さんを見ながら取材することができた

早瀬さんによる手話実況は大きな反響を呼んだ。初の手話実況となった自動車の耐久レースではトヨタ自動車の当時社長・豊田章男氏から、「手話が分からなくても手話実況を見ることによって(選手が)今どういう心理、どういう気持ち、どういう状況なのかというのがすごく伝わってきた」と称賛の声をもらった。「自分自身で勝手に、手話は聞こえない人たちのためのものだという風に思い込んでいたんですよね。でも実際はそうではなくて、もっと手話実況に可能性があるんじゃないかなと。これをきっかけにすごくいい価値をここから生み出せるんじゃないかと思ってすごくワクワクした」と早瀬さんは当時を振り返る。

手話実況の「新しい価値」

早瀬さんと篠田アナはこの手話実況の価値を耳が聞こえない人たちだけで完結させたくなかった。聞こえる人に対してもアプローチを行い始めた。「今までにない、手話が分からないんだけれども手話実況者の表情、そして映像を見てその親和性、リンクしているので新しい楽しさが生み出せるんじゃないかと思っています。聞こえない人たちのためだけの手話実況ではなく、その映像を見ている全ての人たちにとってそれぞれの楽しみ方ができるような価値を提供していくというのが一番大事な、今後目指すべきゴールなのかなと考えています」と早瀬さんは手話実況に「新しい価値」を見出した。

2025年2月2日、丸亀ハーフマラソンで早瀬さんは手話実況を行った。準備は大会4カ月前の10月から始まった。「選手の顔を見ればすぐフルネームと番号、そして今までの記録が言えるように全て準備をして記憶してましたね」と自身もアスリートだからこそ、選手へのリスペクトを欠かさない。実際の走行コースを自分の脚で走ったり(約1時間30分で走破)丸亀ハーフの実況経験のある篠田アナにポイントを教えてもらったりなど、細かな情報も自身で伝えるために入手していった。また音声の実況アナウンサーと打ち合わせや記者会見に出席して選手に取材なども行った。

耳の聞こえない方からは映像だけでは確認できなかった女子ランナー出走の情報を得られたことなどの感動の声が届いた。さらには耳が聞こえる方からも「言葉で苦しいと聞くだけではなく、実際に手話実況を見てると本当に苦しそうな様子がすごく伝わってきたという声をいただきました。その様子が選手のその映し出されている様子とリンクしていて3Dみたいな感じの迫力があり、情報がすごく立体的に感じて楽しかった」との感想が多く寄せられた。

早瀬さんから見る中大アスリート

大会前から大学生ランナーにも大きな期待を寄せていた。「箱根駅伝の方もずっと注目して研究していました。箱根駅伝を見ていた時に1区の吉居駿恭(法4)選手のあの走りが。もう目で追っちゃいましたね。今年の箱根駅伝の1番盛り上がったのはやはり中央大学だという風に感じていて。丸亀ハーフマラソンへの期待がすごく大きいなと思いながら拝見していました」と中大アスリートを見ていた早瀬さん。丸亀ハーフマラソンにおいても「今回は学生ハーフマラソンが初めて合同で開催されるということで実際その学生をどんどんこう紹介していきたいなという風に思っていました。私の中で学生ハーフマラソンはトップ1時間1分ぐらいだろうと思って準備をしていたんですけれども、1時間1分を切ってゴールする学生が本当にたくさん今回出まして。中央大学の学生さんも1人いましたよね。吉中祐太(文3)さんが1時間0分台でゴールしてましたよね(1時間0分45秒)。他の大学生も、もちろん素晴らしい方たくさんいらっしゃったんですけど、本当に感動をもらいながら実況をしていました。来年の中央大学箱根駅伝での走りにも、もちろん今後注目、期待できるなという風に思いながら」と期待の声をいただいた。

大学生に伝えたいこと

▲好きな言葉は「失敗を畏れて、挑戦は迷わず」

早瀬さんが大学生に伝えたいこととして、早瀬さんの好きな言葉でもある「失敗を畏れて、挑戦は迷わず」という言葉をいただいた。よく早瀬さんの母から言われていた言葉であり、「失敗を畏れないのではなく正しくそのものに対して畏れて。失敗しないためにはどうすればいいのかということをきちんと準備、努力をして。でも挑戦することには迷わないでということを言われたんです。だから失敗してもいいではなくって、挑戦をするけれども失敗しないための努力は必要だということを伝えてくれたんですね。学生の時に失敗を畏れずにやってくださいではなくて、大学生活の間で失敗をせずにどういう風にやればいいのか。そういった方法を模索する力を大学生活で身につけて欲しいな。そして挑戦を迷わずにどんどんやってほしいなと。それを4年間かけてやれば大丈夫だと思います。なので皆さんには失敗を畏れつつ、どんどん積極的にチャレンジしてほしいと思います」とエールをいただいた。

この取材を総括して篠田アナは「早瀬さんがよく言ってた『聞えない人のために届ける』ということで始まった(手話実況)けど、気がついたのはみんなに伝わるんだっていうことだった。一番うれしかったのは、みんなが今日手話が分からないけど、早瀬さんの顔を見て話を聞いてくれて。その時、頷いていて。手話は分からなくても気持ちが伝わったり、手の動きが臨場感が出たりもしましたよね。これが字幕にはない”早瀬さんの手話”という言葉で喋ってる魅力なんじゃないかなと思っています」と語った。「もっと言うとこれは聞こえない人が手話で実況してるんじゃなくて、早瀬さんという人が伝えてる。いわゆるプロのアナウンサーなんです。一番避けたいのはろう者が実況するってなった時に『あ、聞こえない人頑張ってるな』っていうなんとなくの感覚でやって。ちょっと同情のような『頑張ったね』と言われるのは嫌なんですよ。プロの仕事なんです。(視聴者の方に)届くことがゴール。早瀬さんもそこを一生懸命意識してやってもらっています」とOHK手話実況アカデミーにも所属する早瀬さんのプロフェッショナルな部分についても伺うことができた。