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【ラグビー部引退インタビュー】第4回・三浦しん、松井寿樹、田積智陽、百瀬祐

関東大学ラグビーリーグ戦2部で全勝優勝を果たした中大。まさに騎虎の勢いで駆け抜けた競技人生を、卒業を迎えた4年生たちに振り返ってもらった。


選手名:三浦しん

ー4年間で印象に残っている試合を教えてください。
大学4年生の春に春季大会があったんですけど、その日本大学戦が僕の中で1番印象に残ってます。

ーその理由はありますか。
日本大学が1部で、4年間で1回もやったことなかったんですけど、その試合で初めて1部と当たって、勝つことができて。1部のチームに勝つのが初めてでもありますし、自分も出れたっていうのもあって、それが1番印象に残ってますかね。自分たちの力が通用するんだっていうところで印象に残ってます。

ー4年間で印象に残っている同期の方であったり、後輩とのエピソードありますか。
僕ら同期仲良かったので、楽しいこといっぱいあったんですけど、直近だと1週間前ぐらいに山梨に卒業旅行みんなで行きまして。そこ行ってみんなでワイワイして、本当にもう誰が誰とでも喋れるから、特にわだかまりがあるところもないので、本当にいつもそうなんですけど、最後それでみんなでいい風呂入って飯食って寝る。ちょっと富士急とか行って旅行してが一番締まって、いい旅行だったかなと思います。

―(三浦さんは)絶叫系乗られましたか

僕乗りました。FUJIYAMAと、あのえぐい角度で落ちるやつ、高飛車だ。めっちゃ面白かったですね。

ーLast Season 2025に「励み」を選んだ理由やその言葉の意味ありますか。
励みを選んだ理由としては、1番はいろんな人に支えられてこの4年間できたかなっていうところで。いろんな人の励みっていうところで選んだのと、僕、膝の前十字っていうのを2回切りまして。もうめっちゃでっかい怪我なんですけど、全治1年ぐらいかかる、そういうのもあって、正直2年半ぐらいしか大学でプレーできなくてっていうのもあって。なかなか気持ちの部分だったり、体の部分で、やる気出なかったり、メンタルしんどい時も結構あったんですけど、同期とか後輩と先輩、両親もそうですけど、そういったいろんな人の支えとか励みのおかげでここまでやってこれたなっていうところで、ラスト「励み」にしました。

ー三浦さんもおっしゃられてた通り、怪我のせいで出られなかった試合も多かったと思うんですけど、大学での競技生活に未練はありますか
全くないですかね。最後も怪我してしまったんですけど、4年になってポジション転向みたいなのもして。で、結構ガラっと変わったんですけど。春から思い切って変えたのもあって試合に出ることができたので、少しは報われたっていうのと、自分の中でやりきったかなと思って。

ー後輩たちに期待することやエールを教えてください。
もうみんなめちゃくちゃ上手い選手ばっかりなんで、私生活がやんちゃなところはあるんですけど、本当に来年以降もずっと応援してるので、ぜひ1部に上がってもらえたらなと思ってます。

 

選手名:松井寿樹

ー4年間で1番印象に残っている試合とその理由を教えてください。

やっぱり入れ替えですね。1番最後の日、日本大学戦で。理由は、僕15年間ラグビーしてるんですけど、15年間の中で1番悔しい、1番最後の試合でラグビー人生で1番悔しい試合をしたからです。

ー4年間で印象に残っている同期の方や後輩とのエピソード教えてください。

印象に残ってるのはいっぱい、めちゃくちゃいっぱいあるんですけど、遠山家の旅館が人生で1番素晴らしかった、1番リラックスできた旅館だったっていうのが1番印象に残ってます。

ー後輩の方とのエピソードとかで印象的なのありますか。
よく部屋子の平坂桜士(文1)が部屋の掃除をせずに、部屋の掃除っていうか部屋のことせずに部屋中の久保田泰綺(文3)っていうやつなんですけど、(久保田)が掃除をして、桜士が困ってたシーンが何回もあり面白かったです。

ーLast Season2025に「昇格」という言葉を選ばれた理由や、その意味を教えてください。
やっぱり1番この4年間で見たし、聞いたし、言ってたし、思ってた言葉がやっぱり「昇格」だったんで、同期の中で「昇格」を使っちゃったので、やっぱりちょっとずるいかなと思っちゃったんですけど、やっぱみんな思ってるので。でもそれぐらい1番身近にあった言葉だったので「昇格」にしました。

ーいくつかの試合ではゲームキャプテンなども務められてたと思うんですけど、中央大学でラグビーを続けて成長したなと感じる点ありますか。

中央大学に来て成長した点は、いい意味で自分のプライドを捨てることですね。っていうのは、僕、大学1年生、2年生の時にやっぱりずっと高校でもラグビーしていて、自分のラグビースタイルに自信を持ってたので、初めて中央大学に来た時に、自分のプレイスタイルが合わずに、指導者も言ってくださってたんですけど、プライドがあったせいでなかなかその指導者の意見をのみ込めずに、自分善がりにプレイしてたんです。やっぱりその結果、4年間終わってみて、あんま成長できてなかったなっていう、そのプライド高くて独り善がりになってた時間は全然成長できてなかったなってめっちゃ実感したので。どれだけ自分にプレイに自信あったり、自分に自信があっても、やっぱり指導者から言われた言葉であったり、上の方から言われた言葉は素直に受け止めて、1回試してみるっていうのが大事かなと思って。それでもし結果合わんかったなってなっても、別にその時間は無駄になってないし、成長に繋がってるなっていうふうに実感したので。1回プライドを捨てて素直に聞くことです。

ー最後に後輩の方にこう期待することやエールをお願いします。
もうやっぱり1部昇格しかやっぱないと思うので、1部昇格してください。よろしくお願いします。

 

選手名:田積智陽

ー4年間で1番印象に残っている試合とその理由を教えてください。
やっぱり最後の入れ替え戦が印象に残っていて、4年間自分たちは2部っていうところから始めたんですけど、そこから1部に上がるため4年間やってきた、もう人生最後の試合で、1番自分たちにも自信があった試合なので、どういう結果であれ、この試合が一生記憶に残る試合かなと思ってます。

ーフル出場されてたと思うんですけど、その試合の結果に未練などはありますか
やっぱり未練はもちろんあるんですけども、自分1年生と2年生の時試合出てなかったので、その中で80分間使っていただいたっていうのは自分としては嬉しく思ってるんで、そこはコーチ陣であったりリーダー陣に感謝している部分です。

ー4年間で印象に残っている同期の方であったり、後輩とのエピソードがあったら教えてください
同期全般とは全員仲良かったと思うので、その中でも最後やっぱ4年生で自分たちを労うって意味で、遠山の家がホテルを経営していまして、そこで卒業旅行っていうのを行えたのが、4年間頑張ってきてよかったなっていうふうに思ってます。後輩は3年生のバックスの須田(龍之介・法3)がいるんですけど、あと、久保田(泰綺・文3)、徳山(昇真・法3)っていうところと頻繁に遊びに行ったりしていたので、とても楽しかったなっていうふうに思います。

ーLast Season2025で「爽快」を選んだ理由や意味はありますか
実際あんまり深くは考えてなかったんですけど、爽やかに、ポジション的にもしっかり走ってトライを取るっていうポジションなので、爽やかに最後気持ちよく終わりたいなっていう意味でその言葉を選びました。

ー法学部でいらっしゃると思うんですけど、移動や両立で大変だったエピソードはありますか。
やっぱり自分たちはスポーツ推薦で入部させていただいてるので、語学の部分は特に問題なかったんですけど、やっぱり一般教養のところが他の方と一緒に勉強するのがきつかったなっていうのと、やっぱり2年次から茗荷谷キャンパスに移転したので、この練習と、茗荷谷キャンパスの行き来で、やっぱり練習出れない日っていうのもあったので、そこが結構きつかったかなっていうふうに思ってます。

ーそんな中大での競技生活の中で成長したことを教えてください。

自分的には周りにも支えられて生きてきたんですけど、4年間の中で競技を通じてしっかり自分の意志っていうのを出せるようになったかなと思うので、そこは成長したかなっていうふうに思ってます。

ー後輩たちに期待することやエールお願いします。
4年間はかなり長いようで、終わってみれば短いと思うので、ラグビーはもちろんなんですけど、勉強に遊びにしっかり充実した学生生活を送って欲しいなと思います。

 

選手名:百瀬祐主将

ー4年間で一番印象に残っている試合とその理由はなんですか
1番印象に残ってる試合は、やっぱり1番最後の入れ替え戦、日大戦が印象に残ってる試合で。自分はやっぱりキャプテンとして1年間頑張ってきて、こうチームを作り上げてきて、後輩たちに1部の景色を見せてあげたいって思って1年間頑張ってきて、最後の試合だったんですけど、自分の怪我とか、あとその1週間前インフルかかってしまって、体調もあまり優れない中出場して、途中で変えられてしまって、本当に後輩たちには最後まで一緒に戦ってあげれなかったのが申し訳なかったなっていう思いが強くて、印象に残ってますね。

ー4年間で印象に残っている同期の方、後輩とのエピソードを教えてください
みんな答えてたら申し訳ないんですけど、遠山家が経営してる旅館に泊まらせていただいて、めちゃめちゃ美味しいご飯食べさせていただいたりとか、お酒も飲ませていただいて、本当に楽しい思い出を作れたことが印象に残ってます。

ーみなさんで富士急ハイランドに行かれたってお聞きしたんですけど、絶叫系は乗られましたか

僕絶叫系大好きなので乗りました。

ー何が1番楽しかったですか

僕はもう乗り終わっちゃって、後から来た大場くん(=大場大輝・経4)がいるんですけど、めちゃくちゃ絶叫苦手で、無理やり乗らされてて。いやいや言いながら乗ってたんですけど、そこは面白かったですね。

ーLast Season 2025で「繋」を選んだ理由や意味を教えてください

僕はあの言葉に「繋ぐ」と「繋げる」っていう2つの意味を掛け合わせて言葉を書いたんですけど、まず最初の「繋ぐ」の方に関しては、やっぱり自分から様々なことを発信して、チーム全員と繋がって試合に勝ちたいっていう思いがあって、繋ぐっていう言葉を使いました。2つ目の「繋げる」の方は、写真は僕とその裏に今期もSOで出場してた須田龍之介くんっていう3年生がいるんですけれども、その後輩たちに対して、成し遂げられなかったんですけど、1部昇格して後輩たちにいい環境でラグビーさせてあげたいから「繋げる」っていう言葉を使いました。

ー主将に決まった経緯や、決まった時の気持ちを教えてください

決まった時の経緯は、チーム全員からの投票でやってたんですけど、僕と野村幹太(法4)が同票で、キャプテンどうしようかってなって。その時に僕はやっぱり自分が前に出て、色々やって、本当に勝たせるチームになりたいなっていう思いがあったので、幹太と話し合いした中で、僕が手挙げてキャプテンに就任しました。

ー主将になって大変だったことや、やってよかったなと思った瞬間教えてください

大変だってことは、春シーズン、やっぱり自分の声をなかなか聞いてくれないっていう後輩たちがやっぱりぽろぽろいて、やっぱりそれは、自分が進む方向を示しきれなかったりだとか、自分のリーダーシップ不足っていうのがあったと思うんですけど、自分のリーダーシップ力をつけるってところは、キャプテンは初めてだったので、高校の時もやってなかったですし、中学もやってなかったので、大変だったところですね。嬉しかったところは、後輩から結構ももにゃんって言われることがあるんですけど、「ももにゃんありがとう」って言ってくれるときは、僕は本当にいい後輩を持ったなと思うとともに、やってよかったなって思ってます。

ー大変だったことの中で、なかなか声が聞いてもらえないっていうふうにおっしゃっていましたが、具体的にどうやって行動を変えたなどありますか

1番やっぱり大事にしたのは、自分結構不器用なタイプで、チームのことに関して考えすぎてしまうと、逆に自分のプレーがおろそかになってしまう時期があって。もっとそのチームのこと考えずにもっとたくさん暴れてほしいっていう後輩から声もあり、やっぱりキャプテンとして背中で、行動で見せて見せていかないと、後輩たちについていくところがなかなか見つからないのかなって部分もあって。本当に自分から、チームの中で1番声出すし、1番体張るし、言葉だけではなく行動面もともに両立してやっていったことが変わったのかなと思います。

ー最後に後輩たちに期待することやエールをお願いします。

僕はこの1年間、土台を作ってきたと思うので、その土台を活用するもしないも彼ら次第だと思いますし。今までやってきたことを振り返りながら、さらに自分たち、私が作ってきたこのチームよりもさらにいいチームに仕上げて、ほんと来年は1部昇格して、笑顔で終わってもらえれば嬉しいかなと思ってます。

(聞き手、構成:福田菜緒)

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